東京地方裁判所 昭和24年(行)13号 判決
原告 細田機械工業株式会社
被告 東京国税局長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、原告の昭和二十二年四月一日より同年九月三十日に至る事業年度の普通所得金額および超過所得金額につき被告が昭和二十三年十二月六日附でなした審査決定を取り消すとの判決を求め、その請求の原因として原告は肩書地に営業所を有して洗濯機械の設計および製作を主たる業務となしかねて進駐軍関係に納入する洗濯機械の製作修理等を請負つていたものであり、毎年四月一日より九月三十日までおよび十月一日より翌年三月三十一日までをそれぞれ営業年度と定めているものであるが昭和二十二年十二月中、昭和二十二年四月一日より同年九月三十日までの営業年度(以下昭和二十二年上半期と称する)に於ける法人税賦課の標準となるべき原告会社の普通所得は五十三万七千四百九十三円であり、同じく超過所得は五十二万六千九百七十三円であつたので所轄税務署である鶴見税務署に対しその旨の申告をしたところ、同署は昭和二十三年八月三十一日附で原告に対し右普通所得額を一千三百五十五万九千百九十八円、超過所得額を一千三百五十五万余円と更正してこれを通知した。そこで原告は同年九月二十九日被告(当時東京財務局長)に対し右更正に対する審査請求をしたところ被告(東京財務局長)は同年十二月六日附で原告に対し普通所得を千四百五十五万六千三百三十四円超過所得を千四百五十四万六千四百八十四円と決定し、原告は同月十日その通知を受けた。ところで被告が右の如く課税標準となる原告の各所得額を決定したのは原告が政府との契約により進駐軍関係の洗濯機械等の修理、据付工事等をなしいずれも昭和二十二年上半期中に工事完成し引渡済みの左記明細表記載の洗濯機械工事請負代金をすべて原告会社の昭和二十二年上半期に於ける収入、即ち法人税法第九条に所謂益金とみなし(その金額は後に述べる政府の指定通りの額として計上した)これを基礎として原告の所得額を算出したゝめである。
件名
米軍調達受領月
指定金額
指定期日
(一) 百五十五病院(松尾病院)
昭和二二年
三月
三五、六四四・四〇
昭和 年 月 日
二二、九、二五
(二)
四月
三九、〇四四・三〇
(三)
五月
二七、七九九・一八
(四) 横浜ランドリー(横浜)
三月
三九、一四六・〇〇
(五)
四月
六八、六二三・六八
(六)
五月
三〇三、二二八・五四
(七)
五月
一四、九二九・〇〇
(八) 横浜ランドリー及百五十五病院
六月
一五六、二二七・七二
(九)
七月
五一二、二八五・三四
二二、一一、一七
(一〇) 横浜ランドリー長井ランドリー百五十五病院
八月
五〇一、一七六・六〇
二二、一二、一五
(一一)
九月
三六四、〇〇〇・〇〇
二二、一二、一〇
(一二) 東京ランドリー(東京)
六月
二七、三七五・〇〇
二三、五、二〇
(一三) 東京ランドリー(東京)
七月
三七、四一八・〇〇
二三、五、二〇
(一四)
八月
五六、一九七・八三
(一五)
九月
一六、六五一・八四
二三、四、一五
(一六) 築地ランドリー(ランドリー)
六月
二七、〇九七・九四
二二、一〇、二〇
(一七)
八月
三一、五三八・五二
二三、五、二〇
(一八)
九月
五〇、七五二・一四
二三、四、一五
(一九) 立川ランドリー(立川ランドリー)
八月
二九、九六九・九四
二三、五、二〇
(二〇) 立川三百七十六病院
七月
二九、五五二・六四
(二一)
八月
五一、一四二・六五
(二二) 三百六十一病院
五月
二五、六九九・三三
二三、一〇、二〇
(二三)
八月
一七、四一六・二三
二三、五、二〇
(二四) 四十九病院
六月
二七八、二三三・三七
(二五)
九月
五二、二三三・二八
二三、四、一五
(二六) 機械修理
七月
六、四一六、四五三・七八
二三、一、一九
(二七)
九月
五、〇六五、〇七九・一〇
二二、一一、二七
(二八) 長井ランドリー据付工事
七月
二、九三一、六六一・八一
二三、三、一五
(二九) 八戸ランドリー据付工事
七月
二、二四二、一四四・〇〇
(三〇) 東京ランドリー据付工事
八月
五五七、六二六・八六
二三、三、一五
(三一) 山形ランドリー据付工事
九月
一、九六二、〇九九・七九
(三二) 三十五病院ランドリー据付工事
八二五、二七三・八四
二三、四、一五
(三三) 神戸ドライクリーニング据付工事
八一八、〇五〇・四九
(三四) 百十八病院ランドリー据付工事
八二九、二六八・三一
(三五) 奈良ランドリー据付工事
一二四、六〇七・六〇
右据付工事八件(二八以下)前受金差引額
九、五〇〇、〇〇〇・〇〇
合計
一五、〇六五、六四九・〇五
しかしながら右明細表記載の請負代金の内(一)乃至(八)合計六十八万四千六百四十二円八十二銭に付ては昭和二十二年九月二十五日に昭和二十一年法律第六十号政府の契約の特例に関する法律(以下法第六十号と略称する)による支払金額の指定通知をうけたから本件営業年度に於ける原告会社の益金中に算入すべきものであるが、(九)以下の分合計千四百三十七万九千七百四十九円七十八銭に付ては昭和二十二年十一月十七日より昭和二十三年五月二十日迄の間に右支払金額の指定通知をうけた(原告に於ても右指定に異議なく確定した)ものであるから、これを昭和二十二年上半期中の原告会社の益金中に算入すべきではない。蓋し右明細表記載の請負代金はすべて進駐軍の要求により原告が日本政府との間に締結した洗濯機械製作修理等の工事請負契約に基くものであつて、右契約は前記法第六十号の適用をうける所謂特定契約に属し(昭和二十二年勅令第十一号第一条)従つて原告は同法に基き工事完成引渡後に政府に請負代金の支払金額指定の申請をなし政府はこれを審査した上その適正と認める支払金額を全く一方的に指定し、こゝに始めて請負代金が確定するのである。従つて右指定以前は請負代金額は全く未確定の状態にあるばかりでなく、同法第一条により指定あるまでは裁判上の請求権の行使さえ禁ぜられて居るのであるから、指定以前には請求権が未だ完全に発生していないものと云うべきである。しかるに元来法人税法第九条の所謂総益金中に算入すべき収入はあくまで納税し得べき状態にある収入即ち当該事業年度に於て金額確定し請求権の完全に発生している収入に限るべきであるから、被告が昭和二十二年上半期には単に工事完成し引渡を了したのみで未だ政府より支払金額の指定をうけていない前記(九)以下の請負代金債権を同営業年度に於ける原告会社の収入として総益金中に算入して所得額算定の基礎としたのは違法である。もしこの様な決定が許されるとすれば原告は支払わるべき金額すら確定せぬ中に巨額の納税をなさねばならぬことゝなり、経済的にも不可能な事を強いるものと云わねばならぬ。よつて被告の本件審査決定は違法であるからこれが取消を求めるため本訴に及んだ。(なお原告は前示明細表記載の(六)以下の請負代金に付ての概算払として昭和二十二年上半期中に九百五十万円の支払をうけたが、その余の請負代金に付ては概算払をうけていない。被告は右九百五十万円の前受金を除いた其余の請負代金を未申告収入として本件事業年度に於ける益金中に計上したのである。)と述べ被告の本案前の抗弁に対し本訴は改正前の法人税法第三十八条(本訴提起当時施行)に基くもので同条第一項によれば所得税額審査決定に不服のあるものは訴願及出訴のいずれをもなし得るのであるから裁判所に最初から出訴することも可能である。従つて原告が被告の本件審査決定に対し直接裁判所に出訴したのはもとより適法である。仮に被告主張の如く右出訴前訴願を経べきであるとしても原告会社及その代表取締役細田和一は本件請負代金関係を含む脱税事件により起訴せられ現に刑事被告事件繋属中であり、その判決前に本件が原告主張のように違法な課税であることの確定を求める必要がある。且本件決定により課せられる税額は原告会社の総資本額を超えるものであり、従つて本件並びに前記刑事々件が解決しなければ原告会社としても業務上著しい支障をきたすのであつて、以上の事由は行政事件訴訟特例法第二条但書に所謂正当の事由ある場合に該当するものであるから訴願の裁決を経ないで本訴を提起しても違法ではないと述べた。(立証省略)
被告代理人は訴却下の判決を求め本案前の抗弁として行政事件訴訟特例法第二条によれば行政処分に対し訴願をなし得る場合には訴の提起に先立ち先づ訴願をなすべきが原則である。しかるに改正前の法人税法第三十八条(本訴提起当時施行)によれば本訴に於て取消の対象とされている被告の審査決定に対して訴願をなし得るのであるから訴願の裁決を経ないで提起した本訴は不適法として却下せらるべきである。なお原告会社及その代表取締役細田和一を被告人とする原告主張の如き脱税刑事被告事件が現に繋属中であること及本件決定により課せられる税額が原告会社の総資本額を超えるものであることは認めると述べ、本案に付請求棄却の判決を求め、請求原因に対する答弁として原告主張の事実関係はすべてこれを認めるが、被告が本件審査決定の基礎として原告主張の請負代金を昭和二十二年上半期の原告会社の益金中に計上したのは次に述べる如く決して違法ではない。即ち元来法人税法第九条によれば法人の所得は各事業年度の総益金より総損金を控除した金額によるのであるが、右の益金とは当該事業年度に於ける資本の払込を除く純資産の絶対的増加となる一切の事実を云い、従つて本件の如き請負契約に於てはある事業年度内に於て仕事の完成及目的物の引渡があつた場合は右工事の経費に対応する収益としてその請負代金債権を当該事業年度に於ける資産即ち益金として計上すべきが原則である。そこで本件の請負代金に付て云うと右代金債権が法第六十号の適用をうける所謂特定契約に基く政府に対する報酬請求権でありその金額は政府の一方的指定によつて確定することは原告の主張通りであるが、同法は本来特定契約に於ける政府の支払の適正化を目的とし、従つて同法による指定は客観的に実在する適正な代金額を見出そうとするもので決して専断的恣意的なものでないから請負人に於ても契約締結の際定めた請負代金算定上の諸基準に基いて適正妥当な工事経費及利潤を算出し、同時に従来指定をうけた経験をも参酌して指定金額とほゞ一致した金額を指定以前に予め算定することが可能である。又法第六十号による出訴の制限はもつぱら支払金額の確定について一定期間裁判所への出訴を禁ずるに過ぎず請求権の存在自体を否定する趣旨ではない。以上いずれの点から見ても本件請負代金に付ては原告の云うように請求権が完全に発生していないとは云えず、請負人に於てもこれを指定前に評価することが可能であるから前記の経理上の原則に従い引渡のあつた本件事業年度に於ける益金中に計上すべきこと明かである。そして被告(当時東京財務局長)は本件審査決定に於て前記請負代金額をその後なされた政府の指定通りの額として益金中に計上したのであるから右が本件事業年度に於ける右請負代金の適正な評価額であることは明かである。右の如く被告の所得額の算定は正当な経理上の法則に従うものであるから右所得に対する課税を以て経済上の不可能事を強いるものとなすことは理論上も実際上も全く根拠がない。被告は右の如く正当の根拠に基いて原告主張の請負代金(但し既に概算払として原告が受領した九百五十万円を除く)を未収金債権として益金中に算入し、これに会社の申告通りの利益処分案合計益金四十一万三千六百七十四円所轄税務署が更正決定した未申告の売上金四十一万五千円同損金処分役員賞与九千円固定資産償却費中未申告の分八万六千五百十五円及法人税十七万八千七百四十八円を加えこれから原告の申告通りの前期繰越益金六万五百二十八円及被告の認定した未申告の未払金百五十五万三百五十三円を控除して差引合計一千四百五十五万六千三百三十四円を本件事業年度に於ける原告会社の普通所得とし、更にこれに基き法人税法第十三条により同年度超過所得を算出して本件審査決定をなすに至つたものである。よつて本件決定には何等違法の点はないから原告の請求は失当であると述べた。(立証省略)
三、理 由
先づ被告の本案前の抗弁について考える、被告が原告に対し原告主張通りの法人所得額審査決定をなし、原告がこれに対し訴願を経ることなく直接本訴を提起したことは当事者間に争ない所である。そこで改正前の法人税法第三十八条(本訴提起当時施行)によると審査決定に対し不服あるものは「訴願をなし又は裁判所に出訴することができる」旨規定してあるので右規定のみから考えると、最初から裁判所に出訴することが可能であるようにも解せられるが行政事件訴訟特例法第二条(法人税法の右規定施行後に公布施行された)による訴願前置の原則は行政処分の取消を求める訴すべてに適用せられる一般原則たること明かであつて、前記法人税法の規定によつて右原則を排除したものとは解せられないから本訴に於てもこれが提起に先立ち訴願の裁決を経べきものと云わねばならぬ。しかしながら原告会社及原告会社の代表取締役細田和一を被告人とする本件請負代金関係を含む脱税刑事被告事件が現に繋属中であること並びに本件審査決定によつて課せられる税額は原告会社の総資本額を超えるものであることは当事者間に争がないので、右の事情により考えれば訴願の裁決を経ることにより本件の解決が遅延するときは原告会社の業務上支障を来さしめひいて著しい損害を生ぜしめる虞あるものと認められるから行政事件訴訟特例法第二条但書に基き原告が訴願の裁決を経ずして本訴を提起したのは適法であると云わねばならぬ。よつて被告の本案前の抗弁は結局理由がない。
そこで本案に付考える。
原告会社が肩書地に営業所を有し洗濯機械の設計及製作を主たる業務となしかねてから進駐軍関係に納入する洗濯機械の製作修理等を請負つていたものであること、原告会社では原告主張の如き営業年度の定めをなし昭和二十二年上半期に於ける原告会社の資本金が十九万七千円であつたこと、昭和二十二年十二月中原告が同年上半期に於ける原告会社の所得として所轄鶴見税務署に対し原告主張の如き所得額の申告をしたところ同署が昭和二十三年八月三十一日附で原告主張通りの所得額の更正通知をしたこと、そこで原告は同年九月二十九日被告(当時東京財務局長)に対し、右更正に対する審査請求をしたところ被告は同年十二月六日附で原告に対し原告主張のような審査決定をなし原告は同月十日その通知を受けたこと、被告は右決定に於て原告主張の昭和二十二年上半期中に工事完成し引渡を了した進駐軍関係の洗濯機械工事請負代金未収金(其の内容は原告主張の明細表の通り)をすべて右昭和二十二年上半期の原告会社の益金と看做し(後に政府の指定した通りの金額として計上した)これに基いて課税標準となる原告の所得額を決定したこと、右工事請負契約はいづれも進駐軍の要求により原告が日本政府との間に締結したもので法第六十号の適用をうける所謂特定契約に属し、従つて同法の規定により右契約に基く請負代金額は政府の指定によつて確定すること、本件明細表記載の請負代金の中(一)乃至(八)に付ては昭和二十二年九月二十五日に支払金額の指定をうけてその額が確定したが、(九)以下に付ては昭和二十二年上半期には右指定をうけずその後同年十一月十七日より昭和二十三年五月二十日迄の間に指定をうけ原告もこれに異議なく確定したこと、原告会社は右工事請負代金中(二八)乃至(三五)に付ては昭和二十二年上半期中に九百五十万円の概算払をうけたが、その余の部分に付ては一切概算払をうけていないこと、被告は右明細表記載の請負代金中右九百五十万円の概算払金を除いた部分を未申告収入として益金中に計上したことはいずれも当事者間に争がない。
以上の如く本件の事実関係に付ては当事者間に争がないのであるから結局本件の争点は前記(九)以下の請負代金(以下本件請負代金と称する)即ち本件事業年度に於て工事完成引渡済みであるが、未だ支払金額の指定をうけていない未収金債権を同年度の益金中に計上して所得を算定することが違法であるか否かの点に帰着するのでこの点に付て考えて見ると法人税法第九条は法人の各事業年度の普通所得は「各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」と規定するのみでその所謂益金の内容殊に益金として計上せらるべき時期の詳細に付ては明かにしていないが税法上特別の規定乃至徴税政策上の特殊の要請の存しない限り一般には会計学上の原則に従つてこれを定むべきである。けだし企業の担税力の基礎となるべき会社資産の現金は会計学によつて最も正確如実に表現せられるからであり、法人税法が所得の算定上会計学の原則に例外を定める場合に限り特に明文(法人税法第九条第二項以下第十条同法施行規則第六条)を設けていることからもこのことを推知することが出来る。そこで右の如き見地から本件請負代金債権に付考えると一般に会社を請負人とする工事請負契約に基く請負代金債権に付ては工事を完成し目的物の引渡を了した当時(尤も引渡を要しない場合は論外に措く)の営業年度に於ける益金として計上する(貸借対照表に付て云えば資産の部に計上する)のが正当である。即ち工事の目的物がすでに完成し、引渡を了した以上工事経費は損金として計上すべきであり、一方その所有権は引渡によつてすでに他に移転した訳であるからもはやこれを資産として計上し得ず、従つて経費に対応する収益として当然右請負代金債権(右代金債権は反対給付を終り受領するのみの債権として民法上確定している)を資産、即ち益金に計上すべきことゝなるのであつて、かような理由から言つて右の原則は会計学上たやすく動かし得ぬ一般原則であり税法上も請負代金に付て右の会計学上の原則に例外を設ける理由を見出し得ない。ところが本件請負代金債権は本件事業年度に於て工事完成し目的物の引渡を了しているので右の原則に従えば本件事業年度に於ける益金中に計上すべき訳である。原告は指定のない間は右代金請求権は完全に発生していないから益金に計上すべきでないと主張するが、法第六十号第一条第三項の規定は単に代金額の確定を第一次的には行政庁の権限に委ねた関係上一定期限内右金額に付て裁判所の判断をさせないと言う趣旨に過ぎず請求権の存在自体を否定するものではない。問題はむしろ請負人の立場から見て未だ金額の確定していない本件代金債権に付て果して益金として計上し得る程度の評価をなし得るかと言う具体的な経理上の問題として考えられねばならぬ。
即ち右のような見地から会計学上益金として計上し得る程度に評価することが不可能であれば指定のときの事業年度まで右代金勘定を繰延処理することが出来るが、然らざる限りは前記の一般原則に従つて引渡のあつた本件事業年度の益金中に計上するのが正当であり、結局本件決定の当否も右の評価の能不能にかゝるものと謂うことが出来る。
そこでこの点に付て考えるに成立に争のない甲第二号証、証人坂田忠之助の証言、及び鑑定人松木豊馬の訊問の結果を綜合すれば一般に所謂特定契約に於ては契約締結に際し請負代金の算定に付一般的基準を定め、更に工事完了後は請負人の請求に対し所轄地方庁及中央官庁(昭和二十二年九月以降は特別調達庁それ以前は終戦連絡中央事務局)に於て政府が統制価格その他一般的工事経費の基準を参酌して定めた復興院単価表、進駐軍関係役務査定基準等の準則に従つて請負人の請求した代金の内訳に付逐一審査しその結果適正と認めた経費及利潤に基いて指定金額を決定することが認められる。右認定した所によれば政府が一定の基準を設けて一律且合理的に適正な代金額を算定することに努めていることは十分窺われるところであり、本来法第六十号が特定契約に於て支払われる代金額を適正ならしめることを目的とするものであることは同法の規定に照して明かである。被告はこのような点から業者が適正妥当な根拠に基いて算定する限り指定とほゞ一致した代金額を予め推測し得ると主張するのであるが、本件事業年度当時においては物価の変動著しく材料費其他の諸経費も必ずしも統制価格を基準として算定し難い事情にあつたことは公知の事実であり、殊に政府の利潤の算定に付ては一定の明確な基準があつたことを認め得る証拠もなく、結局抽象的に算定基準と言う面から論ずる限りは同じく適正代金額と云つても業者の考えるところと政府の考えるところとの間には相当の齟齬があり得ることゝ思われるので上叙の事実のみから直ちに被告主張のような結論を導くことはできない。そこで右の一般的観点から許りでなく更に具体的に原告会社が当時本件請負代金に付て指定金額を予測し得る事情にあつたかを考えて見るに(一)原告会社がかねてから所謂特定契約に属する進駐軍関係の洗濯機械の製作修理工事の請負をその業務として居り本件事業年度に於てもすでに前記(一)乃至(八)の工事請負代金に付て代金額の指定をうけて居ることは当事者間に争なく、従つて原告は右代金額の指定に付ては業者として相当の経験を有すること明かであり、殊に全く同種の工事に付て反復指定をうけて居ること、しかも原本の存在及成立に争のない甲第九号証によれば右(一)乃至(八)の請負代金に於ける指定金額の請求金額に対する比率は八七乃至九三%(平均八八%強)であること、(二)更に実際に指定をうけた結果に付て見ると右甲第九号証によれば前記(一)乃至(二七)の請負代金に於ける指定金額の請求金額に対する比率はその内五〇%及七八%の各一例のあるのを除けば全部八〇%以上でその平均は約八九%強(総請求金額に対する総指定金額の比率は九六%)であり、又前記松木鑑定人の供述に徴するに昭和二十二年六月頃より約三百五十件の特定契約に付て大蔵省の調査したところによれば業者の請求金額に対する指定金額の比率は平均約八〇%であること、(三)鑑定人松木豊馬の供述及証人坂田忠之助の証言によると従来所謂特定契約に於ては法第六十号による正式の指定を行うよりも実際には請負人の承諾の下に請求金額を政府の算定した金額に修正せしめているのが一般の取扱であつたことが認められ、その関係もあつて適正金額決定以前に業者と政府係官との間で工事経費等代金額の内訳に付折衝乃至談合をなす機会があることが右松木鑑定人の供述及坂田証人の証言からも窺われ、本件原告に付てもかような機会があつたことが推認せられること、(四)当事者間に争のない原告会社は前記(二八)乃至(三五)の請負代金に付て指定金額の約九二%に当る金額を本件事業年度に於て既に概算払として受領している事実、以上(一)乃至(四)の事実から考えると原告会社としては従来の指定及指定をうけるに至る経過の経験に照し、殊に従来指定をうけた際の指定金額と請求金額との比率を参酌することによつて工事完了当時に指定せらるべき金額を予め推測評価することが経理上可能であり、しかも実際の指定金額に相当近接した確実性ある評価(従つてこれを益金として計上しても企業会計の健全性を害する虞はない)が可能であることが認められる。勿論指定金額と完全に一致した金額を予め算定することは不可能であつて実際に指定せられる金額は前記の如き指定金額と請求金額の割合の平均率に近接する範囲内でその都度増減することは当然であるから請負人がこの点を考慮し企業会計の健全性に必要な範囲内の安全率を見込んで代金額を評価することはもとより正当であつて徴税官庁としてもこのような意味での請負人の評価はこれを尊重すべきである。また統制価格等の変動によつて請求後指定以前に指定基準が著しく変動することもあり得る訳であるが、証人坂田忠之助の証言によれば材料の価格其他経費算定の基準は政府に於ても工事施行当時のものに準拠して指定を行つていることが認められるからこれによつて請負人に著しい見込違いを生ぜしめるとは考えられない(なお昭和二十二年法律第百七十一号―昭和二十二年十二月十三日施行―に付ては附則第二条参照)原本の存在及成立に争のない甲第十二号証の記載中以上の点に反する部分は採用しない。
右のように本件請負代金債権に付ては工事完了した以上指定前と雖もこれを評価計上することが経理上可能と認められるので、前記の会計学上の一般原則に従い工事完成目的物引渡のときである本件事業年度に於ける益金として計上するのが正当であり、これを法人税法第九条に所謂益金と看做して所得を算定することは適法であると謂わねばならぬ。そして原告は本件法人税の申告に際り本件請負代金を本件事業年度の益金中に計上せず、従つてその額に付何等の評価をしなかつたのであるから被告が本件審査決定をなすに際り当時すでに政府の指定によつて確定していた代金額をもつて本件事業年度当時に於ける本件請負代金債権の適正評価額と看做したのは正当であつて何等違法ではない。なお原告は被告の主張するような原則に立つて未指定且未収の債権に課税せられるときは実際上納税が不可能であると主張するのであるが、このような債権と雖も評価可能なる限りは理論上益金として課税の対象となることは右に縷述したとおりであるばかりでなく(原告が指定のあつた事業年度に於て本件代金債権を益金に計上すべき旨主張する所から見れば既収未収を問わず債権を益金として課税し得ることは原告も争わぬ所である)本件に付て見ても本来法人税は本件請負代金の一部である利潤に付て課せられるのであり、前記の九百五十万円の概算払前受の事実を思い合せると右の原告の議論は実際上も当らぬものと謂う外はない。
以上のように被告が本件請負代金を本件事業年度に於ける益金中に計上して所得を算定したのは正当であつて被告の本件審査決定には何等違法の点は存しない。(本件審査決定の基礎である所得の算定中本件請負代金以外の部分に付ては原告に於て特に取消を求める理由としていないから判断すべき限りでない)依て原告の請求は理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 田辺公二 裁判官恒次重義は転任の為署名捺印することが出来ない。)